カテゴリ:ごはんとおやつのこと日記( 4 )


雨雲と緑の葉に覆われ、林がいよいよ鬱蒼としてくる頃は、あのうつくしい、
青梅たちと出会う季節。

今にも雨のこぼれてきそうな陰鬱とした空模様の日こそ、梅しごと日和。
台所に青い梅のある空間にただいるだけで、その色と香り、ころんとまあるい存在感に、呼吸がふかまり、こころがしずかになってゆく。

だけど越生の青梅が1キロ袋で並んで売られているのと出会うと、ちょっとだけ、めんどうくさい気持ちになる。
ああ今年も立派だね‥また出会ったからには梅しごとをしなくてはならない。。
と、べつに義務でもないのにおもうのは、あの梅しごとのよろこびと、できあがったものの味のすばらしさを知ってしまったから。そしてその佇まいのうつくしさよ。
ああ今年も梅しごとができる。といううれしげな気持ちと、そこはかとない煩わしさとがあいまって、梅と今年も関係をもってしまう。
まんまと、梅カルマ。

梅を流水であらい、きれいな水に浸したり、アルコールと氷砂糖のなかに浸したり、なりくちのところを楊枝でとりのぞいたり、お鍋に入れて小さな火にかけて煮たり、そのどの仕事も、もう間違いなく、それはなるべくしてなっているというか、もうなんというか、すばらしく洗練された治療をうけているような感じがする。
梅ジャムを作るとき、梅をすこし煮たあとに実をはずし、種についた実を水に浸しながらとってゆく作業は、その極みだと感じる。
そのとき奇しくも雨の降りはじめる音がして、窓のむこうの林がいちだん暗くなる、そんな年もある。
梅の水に指をひたしながら、そのすべてを感じるひとときは、大袈裟でもなく、
十二ヶ月のうちで最も、こころの鎮まるときかもしれない、といつもおもうのだ。


梅ジャム

青梅をビニル袋から取り出し、しばし眺める
あまり触りすぎないこと
青梅をボウルに入れて水でさっと洗い、水気をとり、なりくちの黒い部分を楊枝でそっととりのぞく
お鍋に梅とたっぷりの水を入れ、弱火にかけ、青梅の色がかわってきたら火をとめ、そのまま冷ます
水をきり、おおまかに手早く実をとる
種についた実を、きれいな水にひたひたに浸し、丁寧に手でとってゆく
深呼吸
浸した水ごと、おおまかな実と共に鍋に移し、煮立てすぎないように混ぜながら火をいれる
頃合いをみて、青梅の重さよりすこし少なめていどの砂糖を加え、5分ほど煮詰める
熱いうちに清潔な瓶に移し、保存する













[PR]
冬は、みかんの季節

はじめにやってきたのは、無肥料無農薬栽培の屋久島ぽんかん
島に暮らす音楽家が、はるばる送ってくれた
ぽんかんは、おなじ特産物のたんかんよりも、地元のひとからは人気がないらしい
味が薄いからおいしくない。というのだ
たしかに、そこはかとなさというか、存在感のうすさというか、いることをふと忘れるというか

見た目はほとんど同じなのに、みなぎるような存在感のたんかんと比べると、にこにこしているけれど大人しいおじょうさんという感じがする
でも、日々生きてゆく暮らしのなかに、つかずはなれず寄り添う、うつくしい果物だなあとおもう

今年のぽんかんは、台風にあわずにすんだので、例年よりもずっと肌がきれいなのだそうだ
そんな貴重な皮をつかって、マーマレードを煮ようと試みたら、まさかの大失敗
クエン酸とまちがえて、洗剤をいれてしまったのだ
そんな間違い、初めてのことだった
みるも無惨な、地獄の三丁目色になってしまい、鬼のような匂いがたちこめ、決して食べられない

すんでのところで無傷だった実だけを、ジャムにすることにした

せっかく、台風にあわずにすんだけど、人生(みかん生?)ってさいごまでなにがおこるかわからないよね。。
と、おもったかおもわないか

そのまま実を煮ていたら、なんだか泣けてくる
皮を、包丁で刻まずに、フードプロセッサーにかけたのだ
なぜ、そんな乱暴なことをしたのだろう
それはきっと、クエン酸と洗剤の間違いにつながってる


ぽんかんに、甘えた
ぽんかんが、あんまり大人しくてあたたかな感じなので、つい甘えたかもしれない
そしてぽんかんを、甘くみた
甘いけど、甘くないのに

みかんは、ひとの手にすうっとおさまる形と大きさをしている
小さなみかんは片手に、おおきなみかんは、両手にもっても重すぎることなく、かたすぎも柔らかすぎもせず、うれしい。みずみずしく、老若男女の手におさまるあのどこまでも明るい色。肺を満たす香り。
そうして、掌におさめていると、心が晴れてあたたかく、元気なしあわせに包まれてゆく

ちいさなお日様のような
煮ていると、それがぎゅっとなって、こちらに伝わってくるみたいだ


「生まれつき」と、ふとおもう

ぽんかんの生まれつきの明るさ、あたたかさ、素直さ、あまりにも本物の。

そいういう、本物の生まれつきに触れると、心はアッとおもって、うごく
人間もそうだろか。こんなに本物の生まれつき。あるだろうか。あるだろう。
人間のそれは、生きてゆくうちに隠れがちだけれど

そういう生まれつきを、こわさないように、大切に、お料理をする
それしかできないのに、
あまりにも無垢なものにふれると、じぶんのなかの毒がでてきてしまうことがある

おそろしい毒だった

実のジャムは、そこはかとなく、存在感うすく、にこにこしている大人しくてかわいいお嬢さんというかんじの味がした
でも、ぽんかんはつよい
もしかしたら、たんかんよりもずっと。
それを屋久島の地元のひとは、ほんとうは知っているのかもしれない、な。
と、ちょっとおもったりして。
[PR]

宇宙飛行士は、あんまり言わないけどじつはわりと、未確認飛行物体を見ているらしい

という都市伝説しかり、料理人や台所の母たちも、あんまり言わないけど実はわりと食材の声を聴いている、
と、私はおもっている


なぜあんまり言わないのかというと、NASAとか農協に口止めされてるとかいう理由じゃなくて、
なんとなく、あまりにそれが自然なことので、聴いているという感覚すら薄く、特に言うまでもないような感じがするからかもしれない
だいたい、耳で聴くというよりは、声を別の器官で感じとるというふうなのだ

でも、ときどきドキリとするようなかんじで、野菜の声が耳に近く聴こえることがある
旬の新鮮な野菜たちに触れていると、そういうことがおこる

この間、さつま芋を蒸かそうとして洗って、いったん調理台の上において、蒸篭を準備していたら、
少女たちがはしゃぐような声がした
漫画風に言えば、ちょっと古いけど
キャハハ
というかんじ

思わず振り向く
まな板の上で、色よく、つやつや、ふっくらとしたさつま芋は、無邪気で元気な女の子たちに似ている
これから蒸かされ、つぶされるというのに、ものすごく楽しそうだ
野菜は、切り刻まれているときでも、楽しそうに声をあげることがある
不気味だ
不気味だけれど、なんとも言いがたい神々しさも、感じる
なんだかもう、すごい
と、おもう

野菜の声をきいたからといって、それが野菜の本質なのかというと、そういうわけでもないんじゃないの
と、おもう
それは私が聴いた声だから、別のひとが聴けばもっと、その野菜の別のキャラクターがあらわれるのかもしれない
別の日には、別の野菜の気分もあるかもしれない

ちょっと聴いたからって、わかったようになってはいけない

だからってどうすることもできないし、どうしようもないし、お湯は沸いたし、手をあわせるでもなく、何事もなかったかのように、料理はつづく


けれど、野菜の声をきくと、
野菜よりじぶんのほうがえらいとおもったら大間違いだ
と、そっと、つぶやく

日々料理をしていると、野菜よりも自分がえらいと、いつの間にか無意識におもっていたりする
すぐにそうなる
そういうじぶんが、ピシャリとやられる出来事

こんなにも不気味で神々しく、なんだかすごい生き物を、日々の営みのように料理させてもらえるなんて、
信じられないドリーミーで、けっこう重い事態だともいえるんじゃないの、と、おもったりしながらも、
暗い気分にもドリーミーな気分にも浸る間もなく、
やっぱり

蒸篭に湯気がたっている今は、ともかくもさつまいもたちと向き合うばかりなんだなあ



◯料理の合間につくり料理の合間に食べる、さつま芋の賄いスープ

蒸かしたさつま芋をすこし取り分けて小鍋に入れ、木のスプーンでつぶす
岩塩と、オリーブオイル少々、スパイス少々、好みでコンソメ少々。
お水を注いで、混ぜながら煮る
ピュレ状になったら、豆乳をすこし加える
再度湧いたらできあがり
黒こしょうをひいて、あればハーブを散らす
[PR]

炊飯器の蓋をひらいたとき、いつもはっとする

ピンクだ、とおもう

赤みがかった地味なベージュ色だけれど、いつも、なぜか、
うわあピンク色、ておもう


胡桃をほうりこんで炊くご飯は、しっかり浸水して炊くと、、思いがけない色に染まっている

あまり胡桃ごはんをつくることはないからなのか、
食べているうちに、ご飯がどんどん、もともとの胡桃の色にもどってしまうからなのか。
わすれてしまう。ピンク色にはっとしたことをいつもわすれてしまうから、
いつも驚く

ピンクだ!と、おもう
ほくほく、やわらかくなった胡桃は、ほのかに甘い
でも、噛みしめると胡桃のえぐみが口のなかにひろがって、すこしだけ
うら淋しいきもちになる

川越に、以前、おじいさんとおばあさんが営んでいる、胡桃ごはんを出す店があった
ものすごく地味だけど、評判のあるお店だった
いちどだけ、母と訪れたことがある

その時は猫がいて、店内でそそうをしたものだから、小さなお店は、終始きょうれつな匂いがしていた
母といっしょに、うつむいて、がまんして、胡桃ごはんをたべた
胡桃ごはんの味は、おもいだせない

それでも炊いてしまう胡桃ごはん
炊いて、驚いて、食べて、おもいだす
猫のおしっこのこと

そしてまたわすれてしまう

忘却の胡桃ごはん
忘却の胡桃ピンク

なにもかもわすれてしまいたいときに炊こうとおもったって、
わすれてしまうことすら、わすれてしまう、そんな味わいのごはん
胡桃は、どっさり入れすぎないこと
刻まないこと

ときどき、お箸が、やわらかいピンク色のお米のなかに、ころん、と木の実をみつけることがうれしい
あ、胡桃がいたんだった、と、おもいだす



◯胡桃ごはんの作り方


お米二合につき、くるみ8粒から10粒くらいを放りこみ、塩ひとつまみを加え、
しっかり浸水させて炊く。お水は好みでほんのすこし、増やす
じぶんは、少々柔らかめに炊きあげるのが好みです

炊きあがったら、蓋をあけて、天地をかえす
みんなでたべるのなら、食卓でいっしょに蓋をあけるとよいかもしれない
でも、わすれてひとりで開けてしまうかもしれない
それもまたよし

炊けたらはやめにたべてしまう
どんどん地味になるから

どうぞ、よきごはんを。
[PR]